米津玄師 「Neighbourhood」歌詞の意味

主人公「俺」の子供時代の家庭の風景が描かれている。「煙草の煙」から、親が煙草を吸っていることが分かる。「絶え間ないヒステリー」とあることから、両親の夫婦喧嘩が絶えない家庭だったのかもしれない。

子供時代の環境と比べると、現在は「平和も平和で反吐が出た」のだろう。「バーバラアレン」はスコットランド民謡であり、米津自身が郷愁を感じる曲であるとインタビューで答えている。

サビの「兄弟」は、子どもの頃の自分自身のことを指しているのだろう。子ども時代と今を対比させ、子どもの頃の自分がなりたかった大人になれているかを自問自答している。「ここらでおしまい」とは、自ら死を選ぶことを意味しているのではないだろうか。死にたいと思う瞬間がありつつも、子どもの頃を思い出し踏みとどまっている。

2番の冒頭は、昔の友達のことが書かれている。トラック事故で亡くなった友人のことを思い出している。死の瞬間が生々しく伝わっており、悲壮感が漂う。

大人になった今、「俺」はすることがなく、ただ子ども時代に思いを馳せながら過ごしているのだろう。

サビ。辛い思い出もありつつも、時間の経過とともに笑えるような思い出に変化していく様が伺える。子ども時代も悪くなかったというように記憶が書き換えられていく。

「トイレの鏡の前で泣く」ような辛い体験を昇華して前に進もうとする様子である。

「定期を買う」ことと、「夢を見る」ことは、規模は違えど未来を見通しているという意味では同じではないだろうか。「俺」は未来を想像するより現在のこの瞬間を積み重ね、努力していくことで今の立ち位置まで来ることが出来たのだ。

米津玄師 「Neighbourhood」感想

「Neighbourhood」は、米津が子ども時代に思いを馳せ、現在の自分と対比させながら書いた曲である。
過去に辛い体験がありながらも、それを昇華しながら今の地位まで登りつめた米津自身が描かれているように思える。
私たちにも思い出したくないような辛い体験というものはいくつかあるのではないだろうか。しかし、過去を嘆いて後ろを振り返るばかりでは明るい未来はやってこない。子ども時代のいい思い出も悪い思い出も全て笑って思い返せるようになった時、「お前が許せるくらいの大人」になれるのかもしれない。